スゲヌマ(第7回)

スゲヌマ

■回数・・・・第7回
■施行日・・・1938年5月29日
■性齢・・・・牡3
■勝時計・・・2:33 2/5
■騎手・・・・中村広
■調教師・・・中村広
■馬主・・・・千明賢治


【列伝】
スゲヌマ(別名:カーネーシービー)は日本の競走馬。第二次世界大戦目前の1939年に第7回東京優駿競走(日本ダービー)に優勝した。名前の由来は群馬県にある菅沼より。

馬主である千明賢治の息子、千明康は1963年にメイズイで、孫の千明大作は1983年にミスターシービーでそれぞれ日本ダービーに当たる競走を勝っており、馬主の親子三代での日本ダービー勝利は今のところ唯一の例である。また、スゲヌマは3代母アピアランスの血統が不明のサラブレッド系種で、当時は血統管理が甘くこのような馬が多く存在した。


《戦績》
デビュー3戦目から4連勝で東京優駿競走に優勝。この年から日本競馬会が発足しており、日本競馬会が主催する日本ダービーに当たる競走の最初の勝ち馬になった。

東京優駿競走以後も活躍し、翌年には5連勝で帝室御賞典(春)に優勝、他に横浜農賞にも優勝しているが、11月に行われた目黒記念(秋)で1位で入選するものの後に興奮剤の私用が発覚し失格となる事件を起こしている。結局この事件が元で目黒記念を最後に引退することとなり、カーネーシービーの名で種牡馬入りした。1943年には日高種畜牧場に移り元の名スゲヌマで繋用されたが1945年に廃用。終戦直後の混乱期の中行方不明となった。500kg近い大型馬で、後に主戦騎手兼調教師の中村広は当時を振り返り、「柄は大きいが気分屋、調教では走ったけどレースではその日の風まかせだったね」と語っていた。


【競走成績】
■1938年(11戦4勝)
東京優駿競走(日本ダービー)、2着 - 横浜農賞

■1939年(12戦8勝)
帝室御賞典(春)、横浜特別、横浜農賞


『データ』
■性別: 牡
■毛色: 黒鹿毛
■品種: サラブレッド系種
■生誕: 1935年4月7日
■死没: 不明(1945年8月廃用)
■父: プライオリーパーク
■母: 国宝
■生産: 千明牧場
■生国: 日本(群馬県片品村)
■馬主: 千明賢治
■調教師: 中村広(東京)→小山内重蔵
■生涯成績: 23戦12勝
■獲得賞金: 8万5154円

スゲヌマの画像

(出典:Wikipedia)
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