ミナミホマレ(第11回)

ミナミホマレ

■回数・・・・第11回
■施行日・・・1942年5月24日
■性齢・・・・牡3
■勝時計・・・2:33 0/5
■騎手・・・・佐藤邦雄
■調教師・・・東原玉造
■馬主・・・・池得次


【列伝】
ミナミホマレ(1939年 - 1962年)は日本の競走馬・種牡馬。第二次世界大戦中の1942年に、第11回東京優駿競走(日本ダービー)を優勝した。母フロリストはミナミホマレの他に、帝室御賞典優勝馬を4頭も輩出した名繁殖牝馬である。

ミナミホマレの戦績は僅か4戦。デビュー戦を勝つと皐月賞に当たる横浜農林省賞典4歳呼馬でアルバイト(後クリヒカリに改名)の2着に入っている。そして東京優駿競走の2週前に1戦を叩いて東京優駿競走に挑んだ。アルバイトが最後の直線で抜け出したが、ミナミホマレが一気に襲いかかりクビ差交わしてレコードタイムで優勝した。ミナミホマレはこのレースが最後の競走になったが、種牡馬として青森県の太平牧場、大塚牧場を経てタイヘイ牧場で供用され、ゴールデンウエーブ、ダイゴホマレの2頭の東京優駿優勝馬を輩出するなど成功した。ニホンピローエースの母の父でもある。


【競走成績】
■1942年(4戦3勝)
東京優駿競走(日本ダービー)、2着 - 横浜農林省賞典4歳呼馬(現:皐月賞)


『データ』
■性別: 牡
■毛色: 鹿毛
■品種: サラブレッド
■生誕: 1939年3月31日
■死没: 1962年9月
■父: プリメロ
■母: フロリスト
■生産: 小岩井農場
■生国: 日本(岩手県雫石町)
■馬主: 池得次
■調教師: 東原玉造(中山)
■生涯成績: 4戦3勝
■獲得賞金: 3万2400円


ミナミホマレの画像(右端)

(出典:Wikipedia)
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