カイソウ(第13回)

カイソウ

■回数・・・・第13回
■施行日・・・1944年6月18日
■性齢・・・・牡3
■勝時計・・・2:39 1/5
■騎手・・・・橋本輝雄
■調教師・・・久保田金造
■馬主・・・・有松鉄三


【列伝】
カイソウは第二次世界大戦のさなか日本ダービー(東京能力検定競走)に優勝した日本の競走馬である。長距離特殊競走(現・菊花賞)も1位で入線したが全出走馬がコースを間違えていたため不成立、幻の二冠馬になった。後軍馬として徴用され行方不明となる。

■現在東京優駿(日本ダービー)として行われている競走は、この年馬券発行も一般観客も無い東京能力検定競走として行われた。この記事では便宜上日本ダービーと呼称する。また、馬齢は全て現在の表記に統一する。

■生涯
カイソウは北海道の錦多峯(にしたっぷ)牧場で生まれた。2歳時に札幌のセリに出され、建築業を営む有松鉄三に9千円で落札された。母第二ベバウ(競走名ロンプ)は軽半種ながら帝室御賞典(小倉)優勝馬(全12勝)だった。

久保田金造の元に預けられたカイソウは、3歳になった1944年4月23日、京都競馬場の芝1600mの競走でデビューした。ここはヤマトマスラヲのハナ差2着に敗れたが、5日後のレースで勝利を飾る。その後ほぼ休むことなく走り続け、9戦6勝の好成績を残して日本ダービーに挑んだ。東上に伴い橋本輝雄が騎乗、東京での前哨戦を飾る。

この年は太平洋戦争の戦況が悪化していたこともあり、全国では続々と競馬が中止。横浜競馬場をはじめ、阪神、札幌、函館、新潟、福島と閉鎖され、東京と京都でのみ「能力検定競走」として存在していた。当然そのような状況であるから、この年の日本ダービーは観客は一切おらず、軍人や馬主など関係者200人あまりが見守る中で行なわれた(日本ダービー史上最も観戦者が少ないレースといわれている)。騎手の橋本輝雄は当時を振り返り「スタンドは無人同然でいかにも寂しかった」と語っている。当然ながら馬券の発売もある筈がなく、人気も全くわからなかった。だがカイソウは、前走で東京2400mのレースをレコード勝ちしており、またそのときに評判馬であったクリアヅマを大差で破っていたこともあり、実際発売されていれば相当な人気を集めたものと思われる。

カイソウは重馬場の中、3,4コーナーで先頭に立つとそのまま逃げ切り、2着のシゲハヤに5馬身差をつけて圧勝した。初の北海道産日本ダービー馬の誕生である。なおこのレースには農商省賞典(現・皐月賞)を制したクリヤマトも出走していたが、カイソウから10馬身離された4着に終わっている。騎乗していた橋本輝雄は「ダービー自体初騎乗だったけど、前走でカイソウで古馬に勝っていたから自信が有った」「ダービー初騎乗で初優勝だからうれしかった」と当時を回想している。

その後カイソウは半年ほど休養し、一度叩いて12月8日の長距離特殊競走で二冠に挑む。カイソウはこの競走で1位に入線したが、何とカイソウを始め全ての馬が2周目3コーナーで競走コースを間違えたためレース不成立というアクシデントが起こった。現在では考えられないことであるが、このためカイソウの二冠制覇は幻と消えた。ちなみに、この年の菊花賞は前年の外回り2周から外回り→内回りと周回するものに変更されていたが、出走馬は前年の菊花賞と同じく2周目も外回りを周回してしまったものであった。

長距離特殊競走後カイソウは1戦走るが6着に終わり、現役最後のレースとなった1級種牡馬選定では12着と惨敗。しかも審査の結果、母方の血統にトロッター(スタンダードブレッド)の血が混じっている、すなわち純血のサラブレッドではない「サラ系」であることが判明し、種牡馬失格となってしまった。引退後は国民に対する戦意高揚の意図もあって陸軍により一軍馬として徴用され、後に名古屋の師団に連れて行かれて第13方面軍司令官兼東海軍管区司令官岡田資の乗馬になり、1945年5月14日の名古屋大空襲による猛火の中、行方不明となってしまった。常識的にいって戦火をくぐり抜けて生存したことはまず考えられないが、死亡していたとしてもその亡骸は未だ見つかっていない。

また、戦中戦後の混乱の中にあって、その後カイソウが生きていると風の噂に伝えられた事はあっても、カイソウの生存に関する正確な記録というものは一切存在しておらず、空襲の中に消えた日本ダービー馬として現在も語られている。

カイソウの辿った末路は戦争が生んだ悲劇、としか言い様がないが、彼だけでなく競馬どころではない時代に生まれたこの世代の馬たちの多くは軍馬とされ戦地へ赴いて戻る事も無く、また競走馬となったものさえほとんどは祝福されることなくこの世を去り、そして競馬、畜産の歴史の影に忘れ去られていった。


【競走成績】
■1944年(13戦8勝)
東京能力検定競走(現・東京優駿、副題 : 日本ダービー)


『データ』
■性別: 牡
■毛色: 栗毛
■品種: サラブレッド系種
■生誕: 1941年
■死没: 不明(1945年5月14日?)
■父: 月友
■母: 第二ベバウ
■生産: 錦多峯牧場
■生国: 日本(北海道苫小牧市)
■馬主: 有松鉄三
■調教師: 久保田金造(京都)
■生涯成績: 13戦8勝
■獲得賞金: 33000円(一部のみ)

カイソウの画像

(出典:Wikipedia)
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